武村土地について

About Takemura Tochi

武村家の歴史

 武村家は、慶長年間(1596年~1615年)に第四代目武村佐兵衛重雅より当地小若江に居住し、歴代庄屋として農業を中心に地域社会に貢献してきました。現在の当主泰太郎は二十二代目に当たります。江戸時代の全盛期には、耕作面積は30町歩以上に及び、副業として代官大名を取引先に金融業を営んでいました。

 大正時代末期に小若江村の村長および村会議員を務めていた二十代目当主の武村亀二郎は、小若江周辺地域発展の為、現在の近畿日本鉄道(旧大軌鉄道)に弥刀駅~長瀬駅間の鉄道用地の大半を寄付。また、大正12年頃(1923年)に、日本大学の大阪分校設置の要請を受け、校地として現在の近畿大学(旧日本大学大阪専門学校)に約五千坪を寄贈するとともに、長瀬駅から大学に至る約1kmに幅員約7.2mの通学用の道路を造ることを村の有力者へ提案し、現在の大学通りが整備されました。 更に、当時田畑が広がっていた小若江周辺は、今後の大学通りの造成に伴って、住宅地への転換が進み大いに発展すると見込んだ亀二郎は、揚水ポンプを設置して大学通りに面した浄水池から小若江地区への給水を行い、大学設立の礎を築くとともに小若江周辺地域の宅地化にも貢献しました。現在の当社社屋はその浄水場跡地に建設したものです。

 昭和20年(1945年)の終戦後は政治経済の情勢が一変し、農地解放に続いて富裕税、財産税、更に二十一代目当主喜一郎の早逝による相続税で武村家は壊滅的な打撃を受けました。そのような危機的状況の中、布施市(現東大阪市)に市営住宅用地を、近畿大学に屋敷の一部を売却する一方、旧小作人の方々の助力もあって辛うじて貸地を確保することができました。

武村家
昭和32年 近鉄長瀬駅
昭和36年 長瀬川 樟徳館前
昭和45年 近大前商店街

武村土地株式会社の設立

 その後、不動産事情が好転したことから、昭和39年(1964年)に武村土地株式会社および太法建設株式会社(現タイホーコンステム株式会社)を設立。経営の主体を土地から住宅(分譲住宅・賃貸住宅)へ徐々に転換を図りました。その方針が幸いして、昭和末期の地価が急騰したいわゆるバブル経済期でも、過度の不動産投資に走らず、事業をマンション賃貸事業に集中したことでバブル崩壊の余波をほとんど受けずにすみ、今日の近畿大学生向け賃貸マンションを主軸とする事業の基礎ができあがりました。

 現在は近畿大学設立時の経緯から、近畿大学推薦店の幹事会社を務め、遠方からご入学される近畿大学生の為、地元に根差した会社ならではの安心・快適な住環境のご案内とサポートをさせていただいております。

旧本社社屋

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